2019年度 第9回 ものづくり文化展 受賞作品
最優秀賞
優秀賞
入選
審査員総評
土佐 信道
明和電機 代表取締役社長
今年も「ものづくり文化展」らしい、すぐれた技術力でおもわずうなってしまう作品がたくさん集まりました。そんな中、今回の最優秀賞には、またもや昨年に続き 熊谷 文秀 さんが受賞しました。作り上げた作品には「技術力」にプラスして、機械文明に対するユニークな「オリジナリティ」があります。その部分が抜きん出ているため、審査会でも悩みましたが「やっぱり今年も・・」ということで受賞となりました。これはもう殿堂入り(電動入り?)してほしいですね。でも、やはりこの「オリジナリティ」の部分に心が動いてしまう。心が動けば人も注目するし、その先の商売にもつながる。選考を通して感じたのは、工作機械で削り出すのは「素材」&「オリジナリティ」だなあ、ということでした。
中村 一
株式会社オリジナルマインド会長
最近、中国製のノートパソコンを購入しました。ボディはアルミの削り出し、モニタも4Kという高性能・高品質なパソコンです。なのに価格は4万円台という信じられないほどの低価格でした。国内メーカーで同等性能のものを購入したら、おそらくその3~4倍はしたでしょう。
これは消費者としてはとても嬉しいことではあるのですが、ここまで安いと脅威を感じます。もし、日本にしか作れないと言われているものにまで、このような中国製が浸透してしまったら、日本は一体どうなってしまうのだろうという脅威です。
しかしその一方で、機能や性能さえ優れていれば価値が高いかというと、そうとも言えない場面が多く見られるようになってきました。たとえば自動車において、今いちばん値段が高いのは、新しい高級車ではなく、ビンテージカーだそうです。1960年代につくられた「ジャガーEタイプ」の復刻版は、2億円という高値で即日に売れたといいます。つまり、機能も性能も充実していて燃費も良い新車より、半世紀以上も前に作られた自動車のほうが価値が高いというわけです。
それと似たようなことを身近なところでも感じることができます。たとえばレストランがそうです。新しい建物で内装も料理も豪華絢爛なお店よりも、古民家を改造して懐かしさや情緒を大切にしたお店のほうが人気があるように思います。つまり人々は、「情緒的なもの」に価値を感じるようになってきているということが言えるのではないでしょうか。
私はこの流れは、日本のつくり手にとって、大きなチャンスだと思っています。というのは、日本は「情緒」をとても大切にしてきた国だと思うからです。ちょうどそんなことを思っていた時に、偶然ですが、『日日是好日』という映画を観ました。茶道を通して一人の女性がだんだんに変わっていく姿を描いた映画なのですが、私はこれを観て、ものづくりの新しい方向性に対するヒントをもらった気がしました。
たとえば、お湯を汲んでもう一方の器に注ぐときに、多くの人たちは、単にお湯を移すという目的で手を動かします。でも茶道というのは、柄杓からお湯が滴り落ちるところに美を感じたり、注ぐときの音に美を感じたりと、一見なんでもないようなことに美を見出しているのです。単純にお湯を移すという目的だけで手を動かしているわけではないのです。
そういえば、日本には茶道のほかにも、書道があります。これも茶道と同じようなことが言えると私は思いました。文字というのは相手に用件を分かってもらえばそれで済むことではありますが、日本人はそこに美を見出して芸術にしてしまう。文字を単なる記号とは考えていないということです。
映画の中で、「茶道というのは、先に形から入るもの」と語っているシーンがありました。先に「形」を作っておいて、後から「心」が入るのだそうです。日本人はそうやって繊細な感性を磨いてきたのでしょう。日本には、茶道や書道以外でも華道、剣道、柔道といったものがあり、それらにおいても、「だから何?」と言われてしまえば答えようのないような、何でもないようことに、日本人は美を見出し、繊細な感性を磨いてきたのです。その積み重ねが、私たち日本人を、世界でも類稀な美意識を持つ民族に育て上げてきました。
ところで、イノベーションという言葉はよく「技術革新」と訳されています。そのせいか、多くのエンジニアは技術ばかりに目をとらわれがちです。しかし現代では、単に性能が高い、機能が豊富といったことだけでは、もう人々の心を満たすことはできません。マズローの5段階欲求で言えば、生存欲求がすべて満たされてしまった時代だからです。だからこそ、これからは作品や製品の中に、情緒が感じられたり、世界観が感じられたりするものが求められていきます。
そうしたものをつくるには、繊細な感性が必要になってきます。実際、世界のエリートたちは、そうしたものを提供していくために、アートを観たり哲学に親しんだりと、感性を磨くことに精を出しています。つまり、これまでのような論理的で理性的な情報処理スキルを磨くのではなく、感性を磨くようになってきているのです。
今回の応募作品には、制作者がそうした流れを感じ取っているからか、情緒的な価値を感じさせる作品がたくさんありました。特に機械工作によって生み出されたものや、素材の良さを生かした作品は、単にデータから出力されたものではないため、情緒がよく出ています。さらには、機能や性能が直接鑑賞者に影響を与えるのではなく、考えるきっかけを与えることで間接的に鑑賞者に影響を与える作品もありました。いずれも機能や性能だけでは人々の心を満たすことができなくなった現代に、ものづくりの新しい方向性を示すものです。
これからは、機能や性能だけに頼らずに、人々の心を豊かにするものをつくっていくことが大切です。私が「小さなつくり手たち」と呼んでいる個人や少人数のつくり手のみなさんには、それをつくるポテンシャルが充分に備わっています。私たち日本人には「繊細な感性」がDNAに刻まれていますし、情緒な価値は大企業の大量生産よりも、小さなつくり手のほうが生み出しやすい。さらには、「何をつくるべきか」ではなく「何をつくりたいか」といった内発的な動機付けで、思いっきり尖ったものをつくることができるからです。
小さなつくり手たちの持つ無限のポテンシャルが引き出され、本当に人々の心を豊かにするものを、世界に先駆けて生み出していくこと。今回の選考を通じて、私たちもみなさんと一緒にそれを夢見たいとあらためて感じました。