2019年度 第9回「ものづくり文化展」最優秀賞 山上哲 インタビュー
インタビュー:中村一、深沢慶太|構成:深沢慶太|撮影:菅原康太
山上哲(やまかみ・てつ)
1968年、山梨県生まれ。機巧創出家、「木の歯車工房」主宰。長男の誕生日プレゼントをきっかけに、2005年より木の歯車を組み合わせて動く木製の作品を制作。
「Maker Faire Tokyo」などへの出展を通して話題を集める。これまでの主な受賞歴に、2007年「ハンズ大賞」ハンズマインド賞、17年「からくりエイト大賞」グランプリ、18年「日本クラフト展」奨励賞などがある。
最優秀賞 Wooden Rubber Band Gun『GEAR MONSTER』
単射と連射の切り替えが可能な4つの銃身を備えた、手動式のガトリング輪ゴム銃。銃身を90度回転させて切り替えるポンプアクションや、連射時の輪ゴムの打ち出しスピードを制御する脱進機構などを搭載し、1銃身あたり最大36本、計144本の輪ゴムを発射可能。ビスとスプリングを除くすべての部品の木材を電動糸ノコで切り出し、サンドペーパーで仕上げている。
「やればできる」の想いを込めて、木の歯車の作品を制作
――― 山上さんは「木の歯車工房」名義で、木の歯車を使った重機や輪ゴム銃の作品を発表していますが、どんなスタンスで活動をされていますか。
木の歯車の作品を作り始めてから十数年間、病院で薬剤師の仕事をしつつ、休みの時間に制作する生活を続けてきました。今は一軒家の1部屋を工房にしていますが、2年前までは住んでいたアパートの裏にレジャーシートを張って、夏も冬も屋外で制作していましたね。
そもそも何故、ものづくりを始めたかというと子どもの頃、周りにそういう環境があったから。みかん箱で棚を作ったり、隣りのアイスクリーム問屋さんが軽自動車の荷台に載せる保冷庫を作っているのを手伝ったり。小学校では工作、中学校の時は技術の授業が一番好きでした。その頃から、ものを見た時に必ず「この中はどうなっているんだろう?」と考えるようになって......でも、ものづくりを仕事にすることはできなかった。というのも、作り始めてしまうと「これで完成」と思うことがない。たとえ形にはなっても、納得ができない。それを人の手に渡すわけにはいかないと思ってしまうんです。だから、今作っている作品はすべて息子や娘、妻のために作っています。
『木のロボットアーム2009』。独自の歯車機構を搭載し、2本のレバーで台座の旋回、アームの上げ下げや曲げ伸ばし、ハンド部分の開閉を実現。脚部には展開可能なアウトリガー装置も備えている。
――― そうした中で、木の歯車の作品を作るようになったきっかけは、なんだったのでしょうか?
ある時にふと「自分が作りたいものは動くメカだ」と気付いたんです。昔の時代劇に出てきた吊り天井の、軋みながら回る木の歯車がふと思い浮かんで「これだ!」と。でも作り方がわからず、インターネットで調べながら、分度器とコンパスで線を引いた板を糸ノコで切り出し、ヤスリがけをして......。今も基本的にはその時の歯車を、歯の太さや歯数を調整して作り続けています。
――― 動く重機の作品をはじめ、通常はモーターなど電気的な仕組みだったり、プラスチックや金属などの素材を使ったりするところを、すべて木で作り上げているのが印象的です。
金属加工の技術は自分にはないので、自然に木を使うようになりました。今の世の中では、ものを作ることは特別な人のやることのように思われていますが、「やればできる」ということを自分の子どもに見せたいという気持ちもあります。それで妻に「必ず人の目にとまるような作品を作る」と宣言して、最初に作ったのが『木のフォークリフト』です。長男の3歳の誕生日プレゼントで、2005年のことでした。
設計図なし、作りながら浮かぶイメージで大作を実現
――― 木の歯車の制作は未経験だったにもかかわらず、いきなり完成度の高い作品を作り上げていることに驚きました。次の作品『木のクレーン車』は「ハンズ大賞」でハンズマインド賞を受賞していますし、それ以降の作品もどんどん複雑になっている。さぞ緻密な設計が必要だろうと思いきや、設計図を引かず、使用機材は電動糸ノコと紙ヤスリだけと聞いて、また驚かされました。
よく「設計はCADですか?」と聞かれるんですが......実はCADは使えません。設計図を引かないのは、頭に思い浮かんだメカニズムをまず作ってみて、そのつど軌道修正をしながら組み上げていくやり方だから。もちろん「ちょっと違うな」ということもありますが、それは失敗ではなく、新しい方法が見つかるチャンスだと考えています。だから、想定外という言葉は自分の中にはありません。部品図だけは描きますが、作るうちに頭の中のイメージもどんどん変わっていきますし、いらないと思ったら削ったり、隙間があれば詰め込んでいく感覚です。
銃身を切り替えるためのハンドグリップ部分。ここをスライドさせる動作(ポンプアクション)によって、銃身が90度回転する。
――― 制作時の思考プロセスがそのまま、ダイナミックな構造と造形的な特徴を生み出しているわけですね。一方で、様々な種類の木を組み合わせているのも印象的です。
手持ちの木を並べてみて、強度や色のバランスを考えながら選んでいきます。硬さが必要な部分にはアフリカ産のブビンガの木を使いますし、あとはハードメープルやローズウッド、チーク、ホワイトアッシュなど。でも、どこにどれを使えばいいというデータがあるわけではないので、糸ノコの刃を当ててみて、硬さや粘りを判断していますね。硬いけれど割れるとか、粘りがないから歯車には無理だなとか。そうやって切り出した余りを取っておき、無駄なく利用できるように取り方や部品の形を工夫していきます。
――― 例えば重機のシリーズの場合、制作期間はどれくらいかかっていますか?
『木のロボットアーム』は1年近くかかりましたね。試作を合板で作ってみて、そこから置き換えていくのに時間がかかりました。昔は毎年、息子の誕生日めがけて作っていたのですが、当日までにできあがるのは大抵、試作品だけ。そこで動きを確認して、その後に置き換えたものをプレゼントしていました。
ちなみに、よく「重機が好きなんですか?」と聞かれるのですが、"目的のために作られている形"が好きなんです。それを見て、自分ならどうやって作るかを考えてみる。『木のクレーン車』なら、クレーンの上げ下げと伸び縮みを一つのレバーでできるようにしたいと考えて、ギアチェンジの仕組みを作ってみる......といった感じですね。
輪ゴム銃のシリーズより。形状や構造の進化に加え、中央の作品は回転式の連射機構を備えるなど、それぞれに探求の軌跡が表れている。
輪ゴム銃のシリーズも、決して殺傷兵器としての銃が好きだから作っているわけではなく、あくまでゴムを飛ばす装置として取り組んでいます。今回の「Wooden Rubber Band Gun『GEAR MONSTER』」は、連射機構付きの銃身を4つ作り、それをポンプアクションによって回転できるようにしました。ポイントとしては、連射時に輪ゴムが一気に飛んでいかないように脱進機構を導入していること。機械式腕時計でカチカチと針を動かすために使われる仕組みですが、専門的な知識のある方からは「この使い方は思い付かなかった」と驚かれますね。
「Wooden Rubber Band Gun『GEAR MONSTER』」に搭載された脱進機構。一定間隔の動きを生み出すことで、正確な連射を実現している。
「何故そうなっているのか」から生まれる豊かな世界
――― これまでに受賞やメディアからの取材も数多く経験されていますが、今回あえて「ものづくり文化展」に応募された理由について教えてください。
以前から応募してみようかとは思っていたんです。とはいえ、コンピュータ制御されたものを作っているわけでもないし、応募していいものかと迷っていました。でも、新妻一樹(ZumA2)さんの「メタル輪ゴム銃『シルバーウルフ2015コンセプト』や、鈴木完吾さんの『文字書き計時器 time castle』などの受賞作品を見て、やっぱり自分も出したいと思い、応募終了ギリギリに登録したんです。それだけに、受賞の報せを聞いた時はうれしかったですね。
というのも、"木の工作で動くもの=カラクリ"という固定観念があるのか、こういう作品を評価してくれる場所はごく少ない。一方で、"動くもの=デジタル"という思い込みが広がっているようにも思います。前に住んでいたアパートでの出来事ですが、換気扇から異音がするので業者を呼んだところ、電気系の部品を変えても直らず、フード全体を交換すると言い出したんです。自分にやらせてもらったところ、ハンマーで歪みを調整しただけで直ってしまった。要は、ものを作る人と直す人が別々になってしまっているのが問題なんです。そうではなく、誰もが「何故そうなっているのか」を考える姿勢が重要だと思います。
――― だからこそ、山上さんの作品は機構が剥き出しになっているわけですね。にもかかわらず、無駄がないのに美しい。どんなこだわりを込めていますか。
すべてにおいて、意味のある形にしたいと考えています。例えば、輪ゴム銃のグリップの部分などは切り出した板のままでいいのですが、中をくり抜いて余分な部分を取りたくなる。よく「無駄に複雑にしている」と言われるのですが、手間をかけることは決して無駄ではないと思うんです。たとえ面倒だったとしても、それでレベルが上がるのであれば、迷わずその方法を選択するようにしています。
「『歯車機巧樹』~樹上の営み(啄木鳥・蜂鳥・小鳥)~」。木にとまった3種類の鳥たちを、1羽ずつ動かすことができる作品。ハンドル一つで歯車を切り替え、キツツキとイモムシの駆け引き、ハチドリのホバリング、バードコールの原理による小鳥の鳴き声を表現している。
――― 最後に、応募を考えている方々に向けてメッセージをお願いします。
自分の作品を見た方から、よく「独学なのにすごい」と言われるんですが、それは違うと思うんです。というのも、自分は常日頃からいろいろなものを見て「何故こうなっているんだろう?」と考えている。それはつまり、もの自体から多くを教わってきたということに他ならない。その視点が、何よりも大切だと思いますね。
一方で自分も、作品を見てくれる人がいると思えばこそ、丁寧にやらなければならないと肝に銘じています。糸ノコで形を切り出して、ひたすら紙ヤスリをかけて......そうやってできあがった曲面にこそ、力が宿るはず。だから、多くの人に触って感じてほしいと思うんです。
自分にとって、作ることは生きること、息をすることと同じです。もちろん、楽しいことばかりではありません。作っても作っても、完成が見えてきた時点で落ち込んでしまう。とはいえ、作品が形として残っていくのは幸せなことです。だからこそ、今後も作り続けていきたいと思います。