最優秀賞

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Parity Violation 2

制作者:小山 篤

作品概要:

作品の主題は"対称性の破れ"である。想像の中で対称性のあることがらを現実世界に出力しようとするとその瞬間にどちらかを選択しなくてはならない。そのような理想の世界から現実の世界への不可逆な性質を作品は表現している。しかし、この主題を鑑賞者に押し付けようとは思わない。問題はこれを実現しようとした試行錯誤の痕跡である。

近年、コンピュータや機械は驚くほどの速さで進歩し、あたかも昔からそれらが存在していたと錯覚してしまうほどの自然さで身の回りに浸透している。一方、人間に一番近い自然である人体は多くの部品で構成されており複雑な機械のようにも見える。この制作においては、人体と機械を同じ水準で見ることができないかと考え、それらを境界のない状態で同じレイヤーまたは拡張として結合しようとしている。自然としての機械、機械としての人体、これらを頭の中で同時に想像することだけでは満足せず絵画として出力し、その瞬間に何が起こったか、何が起こらなかったか、何が起こり得なかったかを見極めようと絵画制作の活動として試みた。

絵画制作において機械の描画に問題が生じてくる。絵画への数学的な図形の描画やそれらの繰り返しの配置には多くの困難があり、特に油絵においては描画の工程が真逆となり不可能に近い。また、数学や機械の分野の経験の少なさから描かれる内容が曖昧なものとなってしまう。そのような技術的/経験的な不足を克服するために描画のための補助マシンを作製し絵画作成に取り入れることを試みた。マシン製作にあたっては既存のソフトウェアとハードウェアを利用することも考えたが理解がないままそれらを使うことが制作の意図に反するため可能な限り独自に開発することを心がけた。

結果、描画の正確さやマシンがあることによる発想の拡張が得られ制作速度も格段に上がった。だが、この方法で制作を進めてゆくうち、マシンは発想や実行の補助となり得るが道具以上のものにはならないことが徐々に明らかになってくる。さらに、この方法におけるバリエーションは無限にあるが、マシンでできることの範囲に発想が絞られ、自分は作品を量産するだけの機械となってしまうのではないかという恐れも出てきた。正確さや速度を取り入れ多くの自由を得たはずが、発想が制限されてしまう可能性が出てきたのである。

この発想の制限は何からくるのか、それは試行錯誤をキャンバス上でできないという不満からである。ディスプレイ上で試行錯誤はできるがその痕跡は残らない。キャンバス上での試行錯誤はその痕跡自体が絵画の要素になり得るうえ、そこから次の発想を得ることができる。マシンはそれらの痕跡が内包する可能性を切り捨ててしまうのだ。このことから、計画通りに実行された痕跡の無い絵画に居心地の悪さを感じたのである。そして、この試みの最終的な結果として、排除されてしまったこの試行錯誤の痕跡が芸術作品の主たる要素ではないのかという結論に至る。

マシンを使ったこの制作は私の芸術活動においてのある一定の役割を終えたとし、今後の方針は"間違え"や"試行錯誤"の痕跡を強調する方向にシフトし活動を続けてゆきたいと考える。絵画は過去に写真技術の進歩によりその存在意義を問われた、それと同様に現代ではコンピュータ技術による脅威に直面していると思われる。芸術家はコンピュータ技術を単に利用するだけでなく、それらを消化し次へ進むことが必要かもしれない。

[描画補助マシン概要]

  • コンピュータを用いた描画補助の実現と理解を目標とする。
  • 可能な限り独自に開発。
  • 環境/経験値の問題により加工の精度は求めない。

[描画デバイス]

  • ステッピングモータを用いた単純な構成(簡単な電子工作レベル)。
  • 約幅300cmx高さ250cmの縦置きのXYプロッタのような形状で壁に取り付け。
  • 最大で幅227cmx高さ181cm(150号キャンバス)の範囲を描画。
  • マシンの先端についたケガキ針でキャンバス上に溝を掘る。
  • ケガかれた溝に手描ききで油絵の具をのせることで線を描画。
  • マイコン、Wifiモジュール、モータドライバが主な構成要素。(PIC16F1825)
  • モータドライバ制御用と描画のための直線/曲線コマンドを実装。(C言語)

[制御プログラム]

  • デバイス間のデータの送受信はWifiによる無線通信。
  • 描画マシンと各アプリケーションは制御PC(Linux)により接続を管理。
  • 制御PCにはデバイス同士の通信を仲介するサーバが動作。(C++)
  • フロントエンドはHTML5のブラウザアプリとする。(HTML5+ES6+CSS3)
  • GUIでは各デバイスの状態の表示や設定コマンドを発行できる。
  • GUIと制御PCデバイスの通信はWebSoketと仲介プログラム。(perl)
  • 描画プログラムからの要求で制御プログラムが描画コマンドを発行。

[描画プログラム]

  • HTML5+ES6+CSS3で実装。
  • 描画する曲線を多項式に変換。
  • 描画する曲線の変換が必要なため3Dライブラリを独自に実装。
  • SVGの書式を拡張し3Dの効果を追加。保存形式とする。
  • HTML5 Canvasを拡張しコンテキストのコマンドと描画コマンドをマップ。
  • 構成された3Dオブジェクトを階層的に再構成/再利用。
  • スマホからの制御。幾何学コマンドを実装。(直線、円、楕円、繰り返しなど)

「絵を描くこと」とは、どこまでも肉体的な作業である。筆と絵具を、全身の筋肉をコントロールしながら動かさなければいけない。しかしその手前の「何を描くか?」ということは、精神の世界であり、それは肉体的ではない。精神には熱い「情念的」な面と、冷静な「理性的」な面がある。作者には、人間の筋肉に対する強い執着があり、そこに「情念的」なものを感じる。そしてそれは、綿密なハッチングの細い線で描かれた人体画になって画面にあらわれている。しかし一方、作者には冷たい「理性的」な面もあり、それが巨大なプロッターという機械を作り上げ、それによる幾何学図形となっている。このふたつのレイヤーを重ねているのがこの作品の構造だ・・・・と、ここまでならよくある話だが、問題はこの先である。

作者は、理性の産物のプロッターの線を、なぜかふたたび絵筆でなぞるという行為を行っている。なぜプロッターに絵筆をとりつけないのか?なぜ、そんな気の遠くなるような作業をするのか。僕はここに、「絵を描くこと」が最終的な目的である、作者の「画家」としての迫力を感じる。その「迫力」の前には、デジタル技術も、メカトロも、単なる手段でしかない。技術を見せることが作品だと思いがちなメディアアートにはない、「絵画」という芸術表現をみせつけられた。

土佐 信道

この宇宙に一番最初に起きた対称性の破れは、宇宙の根源であり、私たちの存在理由そのものだ。そして無限に繰り返される対称性の破れの中から誕生した私たちもまた、常に何かに出会い、互いに影響し合いながら対称性の破れを繰り返している。

作者は対称性の破れが起きて決定されたあとの世界を描くのではなく、瞬時にそして無意識に繰り返される対称性の破れを一つ一つ丁寧に探りながら、その痕跡を表現しようとしている。その作者の独特な世界観に、作品を単なる作品では終わらせない強い魅力を感じる。

この作品は、この宇宙全体が一つの芸術作品であり、そこから生まれた私たちもまた、その作品をつくるアーティストであることを想起させる。そして、「答え」ではなく「問い」が価値ある時代に、芸術とは何か、ものづくりとは何かを考えさせられる作品だ。

中村 一